防災コラム「大丈夫!? あなたの家の災害対策」その1

はじめに

本コラムではわたしが減災セミナーで皆さまにお伝えしている内容を中心にシリーズでお話を進めます。
新たな情報やデータが入り次第、過去の記述につきましても追記・訂正を行って参ります。
尚、記述にあたりましては私感ならびに引用を多分に含みますことをご承知おきください。

 

■災害に対する心構え

 

いま、わたしたちの背後に迫っている最大の脅威といえば…

そう、

“南海トラフ巨大地震”(詳細は別述)

 

南海トラフ巨大地震が政府の想定する規模で発生すれば、東日本大震災をはるかに上回る甚大な被害をもたらすとされています。

 

それにも関わらず、安穏とした日々が続いている現在(2018年2月13日)、過去の大きな災害について思い起こされる機会は少なく、残念ながら各地域において防災対策を進める気運は弱まってきているのが実情です。

(これまでに災害により大きな被害を受けたことのない地域の話です)

 

何か災害が起こったら行政が何とかしてくれる」「この辺りはこれまで大きな災害が起きたことがないから大丈夫」とお考えではありませんか?

 

確かに行政(政府や市町村役場など)は住民の安全を守るべく災害対策に取り組んではおりますが、そうした“公助”も、これまで経験したことのない大きな地震災害には対応しきれるものではありません。

 

例えば“あんしん堂本舗”のあるここ瀬戸市では、市が管理する備蓄食はおよそ4万食です。これに対し瀬戸市の全人口は13万211人。(平成29年10月1日時点)

 

これでは全市民の3分の1にしか非常食が渡らない計算になります。それもたった1回だけ。

一般的に行政(市町村)がストックする災害用備蓄食は「人口の1割に相当する市民が3回食べられること」という基準のもとに成り立っています。

 

どういうことかと申しますと、台風や集中豪雨などによる風水害が予想される状況で、あらかじめ避難所が開設される場合をメインに考えられているということ、すなわち突発的な大規模地震による各避難所開設はほとんど考慮されていないということに他なりません。

(考慮されていないというより“予算的にできない”といった方が正しいでしょうか?)

 

もう少し具体的にご説明しますと、台風や豪雨の際は、水害発生が危惧される地域には避難所(専ら公民館)が開設され、あらかじめ市の職員により備蓄倉庫から食料・水・毛布などが運び込まれます。その後“避難勧告”や“避難指示”が発令され、該当区域の住民らが集まってきます。

(実際には「うちは大丈夫!」と安易に考え、避難してくる人はほとんどいないそうですが…  これについてはまたの機会に触れます。)

この場合は「市民の1割が3回食事できる」で十分対応できるはずです。不足であれば他の市町村から物資の応援を要請すれば済むわけです。

 

ところが大規模かつ広範囲にわたる“地震災害”の場合はそうはいきません。避難所が開設されるのは当然のことながら発災後。しかも町全体に被害が及べばその避難所となる小学校には一気に数百人の住民が集まってきます。その時にはまだ水も食料も毛布も何もないわけです。

 

先にお話ししました通り、行政が管理する備蓄食はごくわずか。市の職員も自分の家のことが最優先ですのでマニュアル通りに動けるはずがありません。

ということで「大規模災害時の発生直後は“公助”はあてにできない。」と肝に銘じておいてください。

 

次に「これまで災害が起きていないからこの先も大丈夫!」との見解。

これには根拠があるわけもなく、ただただ「どうか私が生きている間だけはそうした災いが起こらないようにお願いいたします。神様、仏様」と願望を述べているに過ぎません。

 

果たしてそれでよいのでしょうか?

自分の責任のもとに子孫を残しておきながら、「私が生きている間だけは何も起こらないで…」で済む道理はありません。

 

わたしは防災講演の冒頭で必ず皆さんに質問します。「お宅では何かしらの災害対策をしておみえですか?」と。すると帰ってくる言葉は…

先ほどの「何かあったら行政が世話してくれる」「そんなもん行政がやることで、身銭をきってやるもんじゃない。」ですとか、年配の方は決まって「私は歳だから何かあったらその時は死ぬだけ…」と涼しい顔でおっしゃいます。

皆さんはどう思われますでしょう?大きな地震が起きて「とうとう来たか。南無阿弥陀仏…。」といって黙って死んでいく方がいると思われますか?

絶対ありえません。きっと「助けて~!」と大声で叫ぶに違いないのです。

 

話を戻しますが、自分や子や孫を守れるのは最終的には私たち家族だけなのです。

行政でもなければ神様や仏様でもないのです。神様・仏様も一度にそんなに多くの人は救えないのです。

 

戦争を経験された方はその悲惨さを後世に伝え、二度と戦争をしないためにはどうするかを唱えてきました。また、震災などで被災された方は「なぜこれだけ多くの犠牲を払わなければならなかったのか」を語り継ぐことで“活きた過去の教訓”としなければならないのです。それらを聴いた私たちは自分や子どもたちのために備えなければなりません。

 

阪神淡路大震災も中越地震も東日本大震災も熊本地震もすべて“想定外”のうちに起きました。最近にわかに活動を強めている火山の噴火も然り。ある意味“準備”ができていなくて仕方がない部分はあったかもしれません。

ところが“南海トラフ巨大地震”や“首都直下型地震”はここ何年かのうちに起きると“想定”されているのです。この期に及んで“準備しない理由”なんてどこにもないのです。

 

防災講座を開いている時によく同じ質問を受けます。

「避難所に非常持出袋を持って行ったのはいいが、他の人たちが何も持っていない中で、自分たち家族だけ食事を摂るのは気が引ける」と。

 

わたしはこう答えます。「堂々と召し上がっていただいて構いません。ご自分が家族のためを思い、こうした非常時のために用意したものですから誰にも遠慮することないんですよ。ただし、家屋の倒壊などで家から何も運び出せなかった方などは別です。少しだけでも分けてあげてくださいね。」

 

中には「みんなが持ってきたものを出し合って分け合えばいいじゃないか」などと食って掛かってくる方もみえますが一蹴します。そういう方の大半は、先の「行政がすること」などと責任を転嫁して自分では何も準備していない方なわけですから。

 

避難所生活について詳しくは後述しますが、とにかく過酷な生活を強いられます。「私は被災者ですから皆さん何とか助けてください。」では困ります。皆が一様に被災者なのです。

「あれがない」「これが足りない」「うるさい」「くさい」などと不平不満を並べ立てる人が当然のごとく出てきますが、モノがないのがあたり前。赤ちゃんの泣き声やいびき・歯ぎしり等でうるさくて当たり前。お風呂にも入れませんし、赤ちゃんや要介護者の排便などで臭いのもあたり前。“緊急事態”なのですから…

さらにはウイルスが蔓延し、ちょっとケガをしたぐらいでは医者にも診てもらえない。

夜は真っ暗でトイレに行くのもままならない。床は固くて冷たく、体中が痛くなって眠れない。

 

満ち足りた平凡な日常生活が、ある日、ある瞬間から“非現実的な世界”に変わってしまう。これが大規模災害なのです。再び平穏な日常生活を取り戻すまでの間をどうやってしのぐか、何があれば困難を乗り切れるかを考えて、それぞれに必要な“準備”を進めていただきたい。そう願ってやみません。

 



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